粗相の話
早朝夜明け前、無線の呼び出し音が鳴り響き、すぐ部屋へ行くと、やってしまったと言う。
オムツのパッドが外れて布団のシーツから掛布団、もちろん着ているパジャマから下着までおしっこでべしょべしょだった。
今にも泣き出しそうな顔をして自分の顔を見つめている。
またか、と一瞬思ったが、「おしっこごときでいちいち呼び鈴を押すな!」私自身、体調が悪かった上に連日の夜中の呼び出しに加えて寝不足もあり、怒鳴ってしまった。朝一番にたまにある追加の仕事である。
要介護者の体調が悪くなると同時に悪くなるのが介護者の体調である。なにせ介護者は要介護者が寝てからしか睡眠を取れないし、自分の体調が悪くても優先するのは要介護者の体調になり後回しになるしかないから。介護者が先に倒れて死亡した家庭を聞き知っているが、自分もそうならない為に私自身必死である。
さて、おしっこの衣類やらシーツは取り外すのは自分でやるが洗濯は洗濯機がやってくれるので、洗濯機に押し込んでから当人の体拭きをして着替えさせて車椅子に座らせた後、ベッドのマットレスの消毒をする。マットレスを雑巾で拭いてから希釈した塩化ベンザルコニウムを染み込ませた雑巾でマットレスを拭く。それから新しいシーツをかぶせる。この作業をしている間に親の具合が悪くなるので車椅子からベッドに移して寝かせてやる。私の方が横になりたいがまだ仕事がある。おしっこでべしょべしょになった布団の洗濯、だ。
新しく買った洗濯機で早々におねしょ一式を洗濯するとはちょっと悲しい。が仕方ない。
洗濯機の柔軟剤入れに先ほどのベンザルコニウムを入れて洗濯ボタンを押す。とりあえず洗濯洗剤は普通のを使う。前はおしっこの臭いの取れる専用の洗剤を使っていたがやめて、漂白剤と逆性石鹸を使って普通の洗剤で洗っている。
そういえばアタックネオ抗菌EXWパワーを使っていた時はおしっこの臭いだろうが加齢臭だろうが生渇きの臭いだろうがきれいさっぱりにおわなかったが後続のアタックゼロにしてから臭いはついたままだ。
臭いは取れないという意味のゼロなのかもしれない。
なにはともあれ、おしっこでは後が悪いので漂白剤か逆性石鹸は欠かせなくなってきた。
訪問ドクターが導尿の際、手洗いをしっかり行っていたとこを見てるので、やはりあのくらいきっちり洗い上げないと菌が落ちないのかもしれない。
我が家に来る来客で「そのうちお風呂でウンチもらして、もうかなわんってなるぞ」と言った人がいた。
私は「もう十年以上前からちょこちょこやっているよ」と言った。
そういうことを言われる訳が分からなかった。
お風呂なんて後始末のとても良い場所だ。もうかなわんの意味が分からない。この人は自分で親の介護をしていたと言っていたが。
想像するに、亡くなった母親とやらの世話をお嫁さんがしていて、お風呂でウンチになり、もう嫌だ、面倒みれない、と言ったのは当人の奥さんではないか。そう想像した。
お風呂の始末が楽なのはすぐシャワーがあり洗い流せる上に当人は裸でこれまた石鹸つけてシャワーして流せばよい。排水溝はあり下水道に行くだけ。塊のウンチはすくってビニールに入れてトイレにでも追って行って流せばいいし、汚れたペーパーはゴミで捨てればいいし。あとはカビキラーなどの漂白剤を振り掛けてシャワーで流せば殺菌もできて掃除はおしまい。とにかくそれだけで片ずく。
畳の上にやらかした時なんか、本人は動けないしボトボトうんちは落下してくるし、本人の服を脱がせて体を拭いて着替えさせて車椅子に座らせてベッドに移動してから移乗させて寝かせて、それからまだ畳の洗浄と掃除にどれだけ時間と労力がかかったか。臭いを消すまで大変だった。次に大変だったのが床で本人が知らずに足に付けて台所の床を歩き回った時。これまた一式着替えと体拭きと拭き掃除と後始末で以下略。
マットレスが小さいとまだゴミ袋に入るから捨てるのは楽だが、でかいカーペットの上に垂らしてくれた場合は。以下略。
椅子とかだと細かいところに垂れた便を拭くのがこれまた大変で、その近くに細いものや複数の物があったりするとこれまた余分に仕事が増える。
そういう今までのことを思い出すと「お風呂場でうんちー」などめちゃくちゃ後始末の楽なとこでやってくれただけだ。それで値を上げたという話であるから、介護者の人はやりたく無かったのだろう。
それも当たり前で、義理の親より大変そうな伴侶の世話がまだ残っているんだから。それも自分の体力が落ちたころにやることになるとなると。
来客の当人は介護をしていたと豪語していたが、やっていたとは到底思えない。やっていた人を見ていただけ。そうでなければお風呂でうんちの話は、出るはずがない。そう思った。